〈簡単そうに見えて簡単じゃない①〉

 

 下澤先生の施術は、見ためだけなら、ハッキリ言って派手な技は殆どありません。キャメルクラッチドラゴンスリーパーのような、アクロバティックな技もしませんし、思わずタップしたくなるような痛い技も使いません。でも、嫌いではないと思うので、頼んだらやってくれると思いますが()

 見た目だけなら、手で押したり、握ったり、揺り動かしたりと、誰にでも見たその場からマネ出来そうな気になるほど、簡単に見えると思います。

 

 が、しかし! 先生のマネを忠実に出来た人は、今までただ一人として現れていません。勿論、私もその中に含まれます。

 ただ見た目だけをマネしても、絶対に同じ結果にはならないのです。受けた人も、必ず「全然違う~!」と言います。これでは、先生の技をマネ出来た事にはなりません。

 いままで何度かお話していますが、体の状態を把握し、それに対し確実な目的を持って施術しなければ、同じ結果には決してならないのです。

 

 でも、言葉でいくら先生のマネは誰も出来ない事の説明を聞いたとしても、いまいちピンと来ない方もいらっしゃるでしょう。

 そこで、施術の技ではないのですが、先日あった事を例に、お話してみたいと思います。

 

 下澤先生は、体の調整や技術指導の為に、“歌”を使う事があります。歌を歌いながら、特定の動きをしてもらう事で体の調整をしたり、ある事をすると歌が上手になったり下手になったりと、一つの変化(意識も含む)の判断基準に使ったりと、その時の目的と要素、その人の意識によって、使い方は様々です。

 

 この時は、体の調整の為に歌を使っていた時の事です。

 その方は、施術での調整だけでは健康状態を維持するのは難しく、施術と併用して運動指導も行っていました。

 先生はその方に、その日の体の状態や心の状態も全て考え、その日その日に合わせて運動方法も変えて指導を行っていました。

 そんなある日の事です。先生が「歌を歌いながら運動をする」事を指示したのです。運動と言っても、腕を片腕ずつ上げる等の、運動とは思えない程の簡単な動きです。

 勿論歌う曲も指定しました。たしか曲は、その方が好きな曲だったと思います。指示された方も、その場ですぐに出来る、見た目は至って簡単な内容です。

そしたらどうでしょう、運動だけの時より遙かに身体に変化が現れ、本人どころか周りで見ていた全員までもが、明らかに今までの運動だけの時とは違う体の変化を、肉眼で確認出来る程の大きな差が出たのです。

歌う曲は、日によって違いました。その方の好きな曲だけではなく、あまり好きではない曲の日もあれば、全く知らない曲の日もありました。

 ヒントをもう一つ。毎回驚きの効果で順調に体が回復していたその方が、ある日家族と整体に通う事で口論になり、気持ちが悪い方に大きく変化した時がありました。その日から先生は、その方に歌いながら運動をする事を指示しなくなったのですが、私に「これ以上無い効果を出せる方法を折角見つけたのに、もうこのやり方では効果が出なくなってしまった。」と、最短の回復への道が閉ざされたと、とても残念そうに言っていました。

 

 さてここで、何故歌を歌いながら運動をする事で、運動だけの時とは明らかに大きな差が出たのか、具体的な理由(メカニズム)を少し考えてみましょう。

 歌を歌う事で、呼吸法をした時のような効果を同時に得たからでしょうか。歌う事で血行がさらに促進されたからでしょうか。歌う事で楽しい気持ちになり、運動モーションがいつもより大きくなったからでしょうか。

 

 もし、このようなありきたりの、しかも仮説に留まるような大雑把な理由しか思い浮かばなければ、あなたも私と同じ、先生の技を忠実にマネ出来ない仲間です。

 もし呼吸法による効果を得たいなら、実際の呼吸法の方が効果は大きいはずですし、血行促進が目的なら、体を温めてからの運動の方が効果は大きいはずですし、運動モーションを大きくしたいのであれば、そのように指示した方が良いはずです。これらは、同時に行う事が可能ですから、わざわざ歌を歌わなくても効果を出す事は可能です。

 しかし先生は、あえて“歌う”という事を指示しました。好きな曲だけではなく、あまり好きではない曲を選んでいる時点で、楽しい気持ちになるからという可能性も消えてしいましたね。

 そして、もし“歌と運動”という行為で効果を出そうとしているなら、クライアントの気持ちの変化で、「もう使えない」となる程の効果の差は出ませんから、この行為だけをしても、同じ結果にはならないのが分かります。

 

 ここまでの話を聞いて、「歌う事でこうなるから、こういう事になり、この結果が出るとしか考えられない」と、具体的な理由(メカニズム)が思いつき、なおかつ何故クライアントの気持ちの変化が、効果に大きな影響を及ぼすのかを説明出来なければ、先生の技を忠実にマネする事は不可能ですし、先生の技を理解したとは言えないのです。